■■東日本大震災における当院の取り組み■■
この度の大震災で被害に遭われた皆様に心よりお見舞い申し上げます。
当院の医療支援活動について
平成23年3月11日(金)に発生した東日本大震災に対しては、現在も全国各地からさまざまな支援活動が行なわれていますが、当院でも発災直後より積極的に医療支援活動を行ないました。今後の出動予定も含め、報告します。
副院長・救命救急センター長 北川喜己
1.DMAT派遣要請による救護活動<被災地における救護活動>
被災県から全国のDMATに派遣要請との連絡を厚生労働省医政局DMAT事務局から受け、発災当日夜当院のDMAT1隊(医師2名、看護師2名、事務員1名)が参集拠点の茨城県筑波メディカルセンターに向け陸路出発、翌朝到着しました。現地では北茨城地区において停電した病院からの域内搬送(患者転送)など被災病院支援業務を主に遂行し、その後13日午後に羽田空港に向かいSCU活動に合流しました。



2.DMAT派遣要請による救護活動<SCU(広域医療搬送の救護基地)における活動>
発災当日内閣府より被災者の医療救護目的でSCU(Staging Care Unit)設置の要請があり、重症者の自衛隊機による空路搬送での受け入れを目的に羽田空港N地区第二格納庫地区にSCUの立ち上げが決定されました。その設置運用任務の当院への協力要請を受け、3月12日未明私を含む2名のDMAT隊員が羽田空港に向け出発、SCU立ち上げの3月12日から撤収(余震や計画停電のため)の3月14日まで医療活動をしました。2日間にわたり東京DMATと連携し、被災県から搬送される重症者の受け入れと東京都内の救命救急センターへの患者の割り振り、搬送活動の統括を行ないました。



3.災害支援ナースとしての派遣活動
当院看護部は愛知県看護協会に災害支援ナースとして平成18年から施設登録と個人登録を行なっています。今回は日本看護協会からの依頼で第9班として宮城県石巻市住吉地区に5名の看護師を派遣しました。3月25日夕方の新幹線で東京の日本看護協会本部に入り、翌朝バスで被災地へ向かいました。避難所で3日間の泊り込みの被災者支援を行い、3月29日に帰名しました。献身的な活動の様子は朝日新聞の4月4日夕刊の1面に掲載されています。
4.被災県からの医療救護班派遣要請による救護活動
宮城県の各都道府県への医療救護班派遣要請を受け、愛知県からも宮城県本吉郡南三陸町に交替で救護班を派遣することとなりました。南三陸町内には4月7日現在でもまだ45ヶ所の避難所があり、水道・電気などのライフラインも不通のままです。当院からはまず医師3名、看護師2名、薬剤師2名、事務員1名の8名が、4月17日から21日まで主に小学校の避難所に救護所を設け、医療救護活動にあたりました。






5.今後の被災地支援活動
今後、4月13日より私を含めた愛知県災害対策本部のメンバー数人が宮城県、福島県に、5月5日よりは南三陸町に医療救護班の第2班(医師2名、看護師2名、薬剤師1名、事務員1名)が現地入りします。また、脳神経外科宮崎部長は5月末に日本医師会災害医療チーム(JMAT)の一員として福島県いわき市に入る予定になっています。
被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げますと共に、一日も早い復興をお祈りし当院としても継続して支援活動を続けていきたいと思っています。
救護派遣職員一覧
■DMAT(北茨城):中島成隆、坪井重樹、山田秀則、相沢百合子、保坂誠
■DMAT(羽田空港):北川喜己、花隈淳
■災害支援ナース(石巻):水谷由香里、三輪容子、坂井恵美子、伊藤潤、吉見佳美
■医療救護班第1班(南三陸):
岩田充永、近藤貴士郎、金原佑樹、後藤佐代子、長瀬亜岐、和泉邦彦、二神諒子、太田雅博
■医療救護班第2班(南三陸):
加藤林也、宮崎素子、市川元啓、有本泰生、窪田まゆみ、神保浩二、早瀬友和、杉原豊

